神戸地方裁判所 平成7年(わ)404号 判決 1995年12月14日
裁判所書記官
當房隆二
国籍
朝鮮(慶尚北道達城郡玄風面中洞)
住居
神戸市垂水区旭が丘三丁目一〇番二号
会社役員
金谷忠國こと金忠國
一九五〇年二月九日生
右の者に対する所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官北英知及び弁護人谷宜憲各出席のうえ審理をし、次のとおり判決する。
主文
被告人を懲役一年六月及び罰金三〇〇〇万円に処する。
右罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間被告人を労役場に留置する。
この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は、神戸市垂水区旭が丘三丁目一〇番二号に居住し、同市長田区神楽町二丁目一番五号清南ビル三階において、「三國製靴」の名称で紳士靴製造業を営んでいたものであるが、自己の所得税を免れようと企て、
第一 平成三年分の総所得金額が一億二一五五万二三七九円で、これに対する所得税額が五五六六万五〇〇円であるのに、実際の所得金額とは関係なく、ことさら過少な所得金額を記載した所得税確定申告書を作成するなどして、右所得の一部を秘匿した上、同四年二月二四日、神戸市長田区御船通一丁目四番地所在の所轄長田税務署において、同税務署長に対し、同三年分の総所得金額が六三〇万円で、これに対する所得税額が四四万六四〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税五五二一万四一〇〇円を免れ、
第二 同四年分の総所得金額が一億二六六二万八一一八円で、これに対する所得税額が五八一七万八〇〇〇円であるのに、前同様の方法により、右所得の一部を秘匿した上、同五年二月二三日、前記長田税務署において、同税務署長に対し、同四年分の総所得金額が五九〇万円で、これに対する所得税額が三六万一四〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税五七八一万六六〇〇円を免れ
第三 同五年分の総所得金額が一億一九四六万五二四五円で、これに対する所得税額が五四四三万円であるのに、前同様の方法により、右所得の一部を秘匿した上、同六年三月一四日、前記長田税務署において、同税務署長に対し、同五年分の総所得金額が五九五万円で、これに対する所得税額が三六万七四〇〇円である旨の内容虚偽の所得税確定申告書を提出し、もって、不正の行為により、同年分の所得税五四〇六万二六〇〇円を免れ
たものである。
(証拠の標目)
以下において、検甲一・二号等は、公判調書中の証拠関係カード検察官請求番号1・2等の証拠を示す。
判示全事実について
一 査察官調査書五〇通(検甲七ないし一三・一六ないし一八・二二ないし二四・二六ないし二八・三〇ないし三四・三六ないし四四・四六ないし五〇・五三ないし六六・七四号)
一 所轄税務署の所在地についての報告書(検甲七六号)
一 荻野好枝及び藤本治栄の各大蔵事務官質問てん末書(検甲七八・八〇号)
一 修正申告書写しの提出についての報告書(検甲八二号)
一 被告人の検察官調書(検甲一一三号)及び公判供述
判示第一事実について
一 脱税額計算書(検甲一号)
一 証明書(検甲二号)
一 査察官調査書三通(検甲一四・三五・四五号)
判示第二事実について
一 脱税額計算書(検甲三号)
一 証明書(検甲四号)
判示第二・三各事実について
一 査察官調査書一二通(検甲一五・一九・二〇・五一・五二・六七ないし七三号)
判示第三事実について
一 脱税額計算書(検甲五号)
一 証明書(検甲六号)
一 査察官調査書五通(検甲二一・二五・二九・四五・七五号)
一 山下保の供述書(検甲七九)
(法令の適用)
罰条 所得税法二三八条
刑種の選択 懲役刑及び罰金刑併科選択
併合罪加重 平成七年法律第九一号による改正前の刑法四五条前段・四七条本文・一〇条・四八条二項(懲役刑につき併合罪加重、罰金刑につき合算)
労役場留置 同法一八条
執行猶予 同法二五条一項(懲役刑につき)
(量刑の事情)
本件は、実際の所得に関係なく、前年度の申告所得額や自分の家族の生計に要する費用などを参考にして、過少な申告をする、いわゆる「つまみ申告」の方法により、三年間に合計一億六七〇九万三三〇〇円の所得税の脱税をしたという事案である。
脱税額が多額であるばかりか、脱税率も三年間平均約九九・三パーセントと極めて高率であることに照らすと、その犯情は軽視することができない。そもそも脱税は国家の課税権を侵害し、ひいては国の財政基盤を危うくする行為であるばかりか、国家に対する詐欺罪の実質があるとも言え、自己の経営基盤を強化し、自己や従業員の生活の安定を計ったものではあっても、競争社会の公平の原則にも反するもので、被告人の行為は強く非難すべきである。
しかし、被告人には当初から脱税の意思はあったと言わざるを得ないものの(少なくとも二年目からは)、税務当局に正確な所得が把握されるのを妨げる証拠隠滅行為の類は全く行っておらず、誤記や誤解による帳簿の記載の不正確な点はあったとしても、帳簿などの証拠書類はほぼ事実どおり正確に記載していたもので、脱税の方法は極めて単純で発覚しやすく、いったん査察が入ると、所得の全額が容易に税務当局に捕捉されたと考えられること(即ち、捕捉率は高いと見られること)、査察の早い段階から事実を素直に認め、修正申告を済ませ、本税及び地方税の支払いを済ませたこと、これまでに前科前歴はなく、中学校も満足に卒業できなかった身でありながら、身を粉にして働き、今日の営業を築いたこと、一月一七日の阪神大震災により自宅・工場に多大の被害を受け、在庫品を失い、営業活動も十分回復しえない状況にあること、本件を十分反省していることなど、被告人のために酌むべき事情を含め、諸般の情状を斟酌すると、懲役刑について刑の執行を猶予し、罰金刑についても十分考慮を払うのが相当である。
よって、主文のとおり判決する。(求刑 懲役一年六月・罰金六〇〇〇万円)
(裁判官 田中明生)